映画「ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還」ネタバレ感想20040220

 三部作マラソン上映(字幕版)と公開初日の吹き替え版を観た感想。原作信者モード全開。どうもここがおもしろかった!というのが全然言葉にできてないな。違和感を感じたところの方が何故?を追求しているうちに字数が増えてしまうのか。

フロド

  • 「フロドは弱い。サムが指輪を持ったほうが良かった」とか言ってる奴はどこを見ていたんだ。非力でもずっとずっと頑張り続けていたじゃないか。危険そうなトンネルの入り口で「この道を行くか帰るか」と言われて先へ進むことを選んだんだぞ。そりゃゴクリにやすやすとだまされた間抜けのようにも見えるけどさ。しかしあれは指輪を持たせてくださいと言われたのがまずかったのであってサムがいやしんぼだと思ったわけでは。......やっぱり『二つの塔』のヘネス・アヌンとオスギリアスで弱音を吐いてサムに尻を叩かれたのがいけないんだよなあ。
    原作のフロドは"たがを締め直して"仲間と別れた後は「指輪を滅ぼさなければならない」という決意だけは揺らいでいない。「私には無理だ」と言うのはモルドールに入って体力と精神力の限界に来た時。そしてその時でもサムは説教したりしない。重大な使命であることは彼にも分かっているが、彼の姿勢は「旦那が使命を果たさなければならないと思っていらっしゃるならどんなことになろうとお助けする」だ。
    映画のサムもゴクリが捨てたレンバスを見つけてからは変わっていったと思う。
  • 病室で目覚めるフロドはまるで天使のようだった。
  • ホビット庄へ帰ってきてすぐのフロドの表情は他の3人と同程度にしか陰がないなと思ったんだけど、灰色港へ向かう馬車の中でビルボの隣に座っている時の表情は良かった。それと袋小路屋敷が空っぽになっていて、ああ元の生活にはもう戻れないんだなと思った。しかもサムは袋枝路の方に住んでいて一人っきりなんて。
  • 別れの際の"But not for me."というフロドの台詞。字幕や吹き替えの訳が合ってないという人もいるけれど、私は字幕版で見た時はここはもはや字幕が目に入ってなかったので気がつかなかった。

称賛

  • 倒れたフロドの前に現れたガラドリエル様は女神のように美しかった。人間がエルフを演じていると割り引いて観る必要がなかった。すごい! にっこり笑って過酷な現実へ引き戻すのもすごい。
  • ペレノール野のセオデン王最高。
  • 対じゅう戦は圧倒的な迫力だった。そうかこうやって全滅させたんだなと納得。

当然SEEには入れるよね

  • サルマンの最期。
  • メリーがセオデン王に剣を捧げる(パイプ草のエピソードは無理かな。メリーよりも先にアラゴルンが御前でパイプふかしていたし)。
  • パランティアでサウロンに挑むアラゴルン。
  • 王の手は癒しの手。
  • ファラミアとエオウィンのなれそめ。
  • フロドが死んだと思ったサムが彼を置いて物陰に隠れる決断をするまで。今のままじゃ薄情過ぎる。

突っ込みと不満な点

  • 灯台サウロンがこれまでにも増して間抜け過ぎ。
  • ゴンドールの執政をあんなぞんざいに扱うなんて、ガンダルフひどいや。
  • 矮小化のされ方ではデネソール侯よりも裂け谷父娘の方が気の毒だったと思う。マイホームパパのエルロンドなんて嫌だ。「自分達のことしか考えないドワーフ」と非難していたけど自分が一番身勝手じゃない。
  • 『旅の仲間』の予告編で登場した時からどの場面の映像だ?と思っていた横たわるアルウェンをついに観ることができた。『二つの塔』の予告編の未来を見通すお父様~~と詰め寄る場面、フードをかぶったアルウェンが上目づかいの場面、エドラスの城の外にたたずむエオウィンのロングショットも今回使われた。新たに『王の帰還』の予告編にはあったのに本編で使われなかった場面がいくつか。
  • 小細工をして動き回っているのを咎められたゴクリの台詞。原作では心無い言葉を投げつけられて言った痛ましい台詞だったのを、実際に悪いことをした奴の開き直りとして言わせるなんてひどいや。
  • 小細工そのものは不満とまでは言わないが、そんな心理作戦をやるようなキャラクターだとは思わなかったのでびっくりした。
  • 映画のゴクリは『二つの塔』までで葛藤することをやめてしまった。スメアゴルが恐れるのは悪だくみがばれることだけ。
  • 『二つの塔』の死者の沼地の場面でも思ったのだけれど映画のゴクリはモルドールやそれに関るものをあまり恐れていない。怯え方が足りない。原作のゴクリはねじ曲がって人を殺すことも厭わなくなってはいるけれど、同時に闇の力を恐れていた。指輪への愛憎と同じように。
  • シェロブに襲われたフロドを助けに来たサムがいつの間にかつらぬき丸や玻璃瓶を持っていた。フロドが途中で落としたのを拾った? 次回鑑賞時に確認しなくちゃ。
  • 滅びの亀裂でサムがフロドを見つけてから"The Ring is mine."宣言をするまで引っぱり過ぎ。サムに「早く捨てて下さい」と何度も言わせないでほしかった。はらはらさせるつもりのようで実はいかにも捨てるわけないじゃん、な演出だった。
  • キリス・ウンゴルから滅びの亀裂までは縮め過ぎ。映画的にはクライマックスに向けてテンポを上げなきゃならないところかもしれないが。
  • 崖オチは1回で充分。
  • ミナス・ティリスの城壁が脆過ぎ。あれでは一晩保たないような。
  • ガンダルフとピピンが飛蔭に乗ってミナス・ティリスを駆け上がっていくところ。よそ者をあっさり通して7つの門の門番は仕事してるのか。原作を読み直したら第1の門以外では問答があったとは書かれていなかったが、1つでもあるのとないのでは守りの堅さの印象が違う。(そういえば『旅の仲間』の古文書を探しに行く場面ではテロップの代わりに誰何されるところを入れればあそこがどこなのか分かりやすいんじゃないかと思ったんだった)
  • 烽火リレーの場面は感動的ではあったけれど、始まりがガンダルフのいかさまだったことがマイナス。それと雲より高いところで火を燃やしてよそから見えるのか、とかピピンに櫓に上って火を点けさせるのは高いところが苦手なホビットの性質に反してるよなー、とか。
  • 緑色の幽霊軍団が全然恐くなかった。『ゴーストバスターズ』の幽霊みたいで。
  • シェロブのトンネルが真っ暗じゃない。何も見えなかったら映画にならないからしょうがないけれど、青白く照らされている程度ではなんていうか普通の危険な場所に見える。
  • 最後の歌がディズニー調でいまいち。デネソールの前でピピンが歌ったような旋律の方が好きだな。
  • 三部作を通して原作を改変した部分がどれも無理が出てしまったと思う。ネットの感想で疑問を持たれるのはたいてい「原作はそうじゃないんだよ」「原作では説明されているんだよ」と答えたくなる部分。小説と映画は特性が違うんだから、何もかも原作通りにしろと言うのは無意味だと分かっているんだが。
    原作は結構理詰めで書かれていて、「どうして○○は××しなかったの?」という疑問はあまり感じない。裂け谷にホビット・ドワーフ・人間が同時にやって来るのは不思議な偶然(とはいえそれぞれの行動が引き起こした結果が響き合って機が熟したとも言える)。でもその先どうするかという選択はあの道この道とひとつひとつ可能性を検討する。結局最も望みがないように見えて唯一望みがある道を選んで旅立つ。セオデン王はエドラスの民を別の場所に避難させたうえで既に戦いが始まっているヘルム峡谷へ向かう。エルフやドワーフ達は人間の救援に来ないが、それが出来ない事情は裂け谷の会議やロスロリアンの会話で予感され、レゴラスの台詞でだめ押し。
    ぎりぎりの絶妙のタイミングでものごとが影響し合って動いている話を短くして再構成するのは難しいということだろうか。